梅田恭子 銅版画 砂と血
基本情報
- 会期
2026年07月28日(火) 〜 2026年08月02日(日) - 会場
2階 - 時間
12:00~19:00(最終日~17:00)
砂と血
有ると、有るの
無機、有機
数えきれない有限
完璧を反映する
一つの膜
風をみて、こわくなりながら
ちいさく
震える
愛された。
の声がする
その声が
攻め上れ。
と
聞こえるの、か
言葉にして語られてしまうと、とたんにその言葉が刃になって、まるで返り討ちに遭ったみたいに自らがずたずたに裂かれてしまう、そういう繊細な心がある。
沈黙のなかで辛うじてバランスを保っている、やわらかで、過敏な心。
梅田恭子が描く不定形の、紙の裏から滲み出てくるような形象を見ていると、どうしてもそのような傷つきやすい心のことを思ってしまう。
その形象はだから言葉と言葉の隙間から、言葉の目をかいくぐってそっとそこに表れてくるように見えるのだ。
むしろ名づけられないように注意しながらひっそりと滲み出る。
震えるような細い線、そしてこまやかなグラデーションで広がる面、この二つが梅田恭子の作品の要素である。
無意識の震え。
自身でさえ気づかない深層の震え。
すなわち魂の震え。
いのちはたぶんそのような震えに乗って表れてくるのである。
じっさい、街に流れている表面の時間とは違う別の時間が梅田の線に流れているそのことに気づくのはそんなに難しいことではない。
一秒ではまとまったことはなにもできないとついそう思ってしまう衝動がぼくらにはあるけれど、それは間違いなく外の時間に侵された荒っぽい心である。
梅田の線の一秒には心のありあまるほどの動きがある。
無限の複雑な震えがある。
何層もの心の動きがそこに折り畳まれているのである。
一秒がもう無限に深いのだ。
ということはつまりこうも言えるだろう。この作家は言葉に裂かれることに脅えつつ実は言葉の故郷へ向かっている、と。
言葉が世界を切れ切れに分節してしまうその以前、最初の一音「あ」のなかに世界のすべてが映し込まれ、充溢し、その一音が世界の隅々へ響いていった、あの叫びの時代。
すなわち、彼女の恐れと慄きの震えの裂け目にこそ全体が甦る。
地と気と火と水のすべてが一体となった運動、その運動がそこにある。
全宇宙の運動がその微細な震動に現われる。
山本忠勝(元 神戸新聞文化部)
「シュプリッターエコー」ウェブ版掲載「梅田恭子展 一秒の無限」より
(ギャラリー島田刊『坂の上の作家たち』所収)一部抜粋
梅田恭子 Kyoko Umeda
東京都生まれ。1996年 多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了。学生時代から個展を中心に
作品展を発表。著作物に銅版画集『ツブノヒトツヒトツ』言水制作室刊がある。
近年の作品展:2022年『齟齬と気分』ギャラリーA.C.S(名古屋)、2023年『特別展示 栗田宏|梅田恭子』
砂丘館(新潟)、『アトヲヒク記憶』ギャラリー島田(神戸)、2024年『ガガンボは決して美しい羽根を欲し
いとは思わない』菊川画廊(山口)、2025年『欠片』ギャラリー1045(甲府)、2026『砂と血』GALLERY
SAOH & TOMOS(東京)他個展多数

